わたしをつむぐ

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はたらくこと

職場の人間関係に疲れた50代へ|私が出した答え

職場の人間関係に、疲れていませんか。

毎朝、出勤するたびに胸が重くなる。あの人の顔を見るだけで、一日分のエネルギーを使い果たしてしまう。帰宅しても仕事のことが頭から離れず、ゆっくり休めた気がしない。

50代になってまで、こんな思いをしなければいけないのか。

地方公務員として30年以上働いてきた私も、かつてそう感じていた一人です。この記事では、私が経験したこと、考えたこと、そして出した答えを、ありのままに書きます。

誰も助けてくれなかった、あの日々のこと

43歳のとき、異動先の職場で大きな壁にぶつかりました。

着任して間もない頃から、任された仕事が、何度やり直しても通りませんでした。しかも、何が足りないのかを詳しく教えてもらえない。

周りに聞いても、誰もはっきりした答えを持っていない。「これでは通らない」という事実だけがあって、正解への道筋が見えない状況が、ずっと続きました。

相手を責めたい気持ちもありましたが、それよりも「誰にも助けてもらえない」という孤独感の方がずっと重かった。その職場に配属されてまだ数か月。勝手がわからない中で、自分だけが取り残されているような感覚でした。

当時の私の乗り越え方

そのころ、自分を保つためにやっていたことは、こんなことでした。

  • 話を聞いてくれる人を探して、気持ちを吐き出した(職場の相談窓口の人、同じ職種の知人など)
  • ひたすら次の異動を待ち続けた(「異動さえすれば、いまの場所から抜け出せる」と自分に言い聞かせながら。この気持ちは人事異動がつらいと感じた本音に詳しく書いています)
  • 休日に甘いものをまとめ食いした(結果、コレステロールが上がり、体重も増えた)

どれも根本的な解決にはなりませんでした。でも当時の私には、それしかできませんでした。

状況が動いたのは、半年近く経ってからです。ようやく事情を知った人が動いてくれて、仕事の進め方そのものが変わり、問題は収まりました。

助かった、と思いました。それでも、あの日々の絶望は、いまも消えません。誰にも助けてもらえない。もうどうしようもない。どこにも逃げ場がない。そういう記憶です。

どこへ異動しても、逃げ場はなかった

最初に考えた選択肢は「異動」でした。でも30年以上この組織で働いてきてわかっていることがありました。

「ここなら大丈夫」と思える職場は、もうどこにもない、ということです。

どこに行っても、人間関係の問題はある。理不尽な対応をする人もいる。孤立無援になることもある。それが、私が経験してきた組織の現実でした。

転職も頭をよぎりましたが、地方公務員は民間企業からの採用ニーズが低く転職が難しいと聞いていたこと、そして安定した身分を手放す決断もできず、この選択肢も消えました。

次に考えたのが「FIRE(経済的自立による早期退職)」です。ニュースで知り、調べ始めました。しかし公務員の収入と手元の資産では、完全リタイア型のFIREには到底届かないと気づき、その選択肢も諦めました。

50歳で、ようやく異動できたけれど

配属されてから約7年が過ぎた頃、異動が叶いました。あれほど辛かった職場から、ようやく抜け出せた。

でも、新しい職場に移っても、気持ちが楽になることはありませんでした。

新しい環境になじめない。仕事の覚えが悪い。もともとの性格と年齢による衰えを、これまで以上にはっきりと感じるようになっていた。

「また一から頑張ればいい」という気力が、もう残っていませんでした。

50歳になる年、私は心の中でそっと決めました。「ここを最後の職場にしよう」と。

私が出した答え「早期退職」

こうして私が出した答えは、「早期退職」でした。

定年までこの組織で働き続けるということは、もう考えられませんでした。このまま我慢だけを重ね続けて定年を迎えることへの恐怖の方が、退職への不安よりも大きかったからです。

退職を決めたとき、気持ちが少し軽くなりました。出口が見えた、という感覚でした。

それでも仕事をしている時間は相変わらず辛かった。できるだけ体力を温存して、退職後の準備に充てたい。毎日そう思いながら働いていました。

そして、長年積み重なったストレスが限界を超えたとき、心身ともに動けなくなる時期がありました。

退職後の収入、どう考えたか

「退職する」と決めたものの、収入の問題は残ります。

私が考えた選択肢の変遷はこうです。

  • 投資での完全リタイアは、先に書いたとおり、収入と資産が足りずに断念
  • 次に不動産投資。「公務員でもできる不労所得」と知って講座まで受けましたが、物件探しも借り入れの保証人も壁ばかり。少なくとも初めのうちは不労所得とは言い難いとわかり、断念(この失敗談はこちらの記事に書いています
  • 最終的にたどり着いたのがブログ運営と、社会保険を維持するためのパートの組み合わせ

退職直後から収益を得るのは難しい。でも、今から準備しておけば、退職のタイミングに合わせて動き出せる。そう考えて、退職後に向けて、記事を書き溜めてきました。

ブログをどう始めたか、退職後の収入をどう見積もったかは、公務員を早期退職して在宅で稼ぐ計画に詳しく書いています。まだ退職していないこと、いまは収益がゼロであることも、そちらに書いたとおりです。

半世紀生きてきた。それだけでもう、十分頑張った

職場の人間関係に疲れて、この記事にたどり着いてくれたあなたへ。

あるとき、本屋でふと目に入った本のタイトルが心に刺さりました。鈴木裕介さんの「我慢して生きるほど人生は長くない」という本です。

50代というのは、人生の折り返し地点を過ぎたあたりです。半世紀を生きてきた。それだけでもう、十分頑張ってきたのではないでしょうか。

身体が自由に動ける時間は、思っているよりずっと少ない。

残りの人生を、我慢だけで使い果たさないでほしい。

私はまだ退職前で、答えを探しながら歩いている途中です。完璧な答えは持っていません。それでも「自分を大切にする選択をしていい」と、今の私は確かにそう思っています。

あなたの「答え」は何でしょうか。転職して環境を変えることかもしれません。今の職場にいながら、距離の取り方を変えることかもしれません。私が出した答えは、そのどちらでもありませんでした。

疲れたと感じているなら、それはそれだけ長い間頑張ってきた証拠です。自分を責めないでください。

まとめ

  • 職場の人間関係の疲れは、異動や我慢だけでは解決しないことがある
  • 異動・転職・FIRE。選択肢を一つずつ検討して消していった先に、自分の答えが残った
  • 私が出した答えは「早期退職」+「ブログ運営とパートの組み合わせ」
  • 身体が動ける時間は限られている。残りの人生を自分のために使っていい

最後にもう一度だけ。自分を大切にする選択を、していいのです。